処暑
木と会話するということで、青山一丁目から青山通を渋谷まで歩いた頃、私は一体何者だったのか?
東京に住む一個人は使い切れない収入を持てあまし、ひたすら都心の街路を歩いた。今ではいささか懐かしい。さて、かつてのように感傷的な目的や都市の中の非現実な輝きへの憧れに幻惑されることはない。
歩くことは私の短い人生の中で、私個人の痕跡を残す唯一の行動様式となり、スティルは無形式を装い、刹那的となる。
昨日、二つ覚え書を残した。以下、原文を記載する。
覚え書1
今日、2万円新たに調達した。うち1万円は、台湾エステで使った。小便がたまらなくしたいから、急いで歩いた。汗だくで店に飛込んだら、女は店じまいの途中だったが、快く相手にしてくれた。
覚え書2
店から外に出ると、いささか涼しかった。店の女と一緒に出た。近くの信号まで並んで歩いた。
それから、下町の中の商店街を真っ直ぐ歩き、地下の駅から列車に乗った。
それから24時間営業の大きなマーケットで買い物した。午前1時頃だった。
©T.A
|
|